人間は、感情的な動物であり必ずしも合理的な行動をするとは限りません。その前提に立って非合理的な経済行動を分析するのが行動経済学です。今回は、その行動経済学で重要な「心理勘定」・「サンクコスト」という概念について説明します。
今年5月9日にホテルオークラ東京で松任谷由実のディナーショーが開催されます。実はユーミンにとってディナーショーを開催するのは始めてだそうです。チケットは58,000円とかなり高めですが、即日完売したそうです。凄いですね。
さて、こんなプラチナチケットは別にして、当日券もあるコンサートの話です。
もし、貴方がコンサート会場に着いたときに、事前に1万円で購入していたチケットが無くなっていることに気付いたとします(ケースA)。コンサートを見るには追加で1万円の支出が発生するのですが、貴方ならどうしますか。
また、会場のチケット売り場で、ポケットにいれておいたチケット代1万円が無くなっていることに気が付いたとします(ケースB)。コンサートを見るには追加で1万円の支出が発生するのですが、貴方ならどうしますか。
アンケート調査によると、ケースAでは圧倒的に諦めて帰る人が多いという結果になりました。
これは、ケースAでは「コンサート勘定」が既に支払っている1万円+追加の1万円で都合2万円になります。その結果、コンサートを2万円も出しては見る気はしないと思ってしまうのでしょう。一方、ケースBでは「現金勘定」から追加で1万円が支出されますが、「コンサート勘定」は1万円のままですので、追加の支出が気にならないわけです。
でも冷静に考えてみれば、コンサートを見るためにはどちらも同じく1万円の追加的支出が発生するにもかかわらず、ケースAとケースBでは結果に差がでるのは、理屈に合わない経済行動ですよね。
しかしながら、理屈に合わない経済行動をすることはよくあることです。こうした行動を研究するのが、いま流行の「行動ファイナンス」という分野です。
この「行動ファイナンス」では「メンタルアカウンティング(mental accounting)」という用語を使用します。 mental accountingは、心理的会計とか心理勘定などと訳されていますが、私は「感情勘定」と呼んでいます。われわれ人間は、無意識のうちに感情を考慮して判断する傾向があるので、冷静で勘定(判断)した結果と異なる行動することが多いのです。
経営学で「サンクコスト(埋没費用)」という用語があります。サンクコストとは過去に支出して現在の行動で変更できないコストのことです。そして、経済的に正しい判断をするためには、このサンクコストに惑わされることなく、サンクコストは無視して判断しなくてはならないのです。
コンサートの例でいうと、無くしたチケット代も無くした現金も同じくサンクコストなのです。したがって、過去のことは無視して、コンサートに1万円の価値があるかどうかだけで判断すべきなのです。
実は、逆のケースで判断を誤ることもあるのです。何事もなく1万円でコンサートに行ったとします。しかし、コンサートが始まってみたら思ったより面白くないことがわかった上にクライアントから直ぐに来てほしいとのメールが届いた。
もし「コンサートがなければ飛んでいくところだが、1万円も払ったのだからメールは無視して辛抱して最後まで観よう」と考えたとしたら、サンクコストを無視しないで、感情勘定で誤った判断をしたことになるのです。
実は、サンクコストに惑わされて誤った判断をする経営者や役人も後を絶たないのです。
例えば、公共事業でも、サンクコストを考慮に入れてしまったがために「せっかくここまで作ったのだから…」という理由だけで無駄な事業を継続するケースが散見されます。群馬県の「八ッ場ダム」の建設続行も悪例かもしれません。
また、今問題となっている原子力発電所の再稼働問題も同じです。過去に何千億円という投資をしたとしても、その金額は無視して、今後必要となるコストとベネフィットだけ判断しなくてはならないのです。