企業が発展するには、技術革新や経営革新など何らかのイノベーションが欠かせませんが、私が敬愛するハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・Ｍ・クリステンセンは、イノベーションを従来の商品・サービスの品質を高める「持続的イノベーション」と、従来の商品・サービスに比べて品質は劣るが低価格を実現する「破壊的イノベーション」に分類しました。そして、クリステンセン教授によると、破壊的イノベーションで提供する商品には、顧客の最低限の要求を低価格で実現する仕組みを持っていますが、「持続的イノベーション」で提供する商品には、低価格を実現する仕組みがないため、いずれ破壊的イノベーションで提供する商品に駆逐されてしまうのだそうです。
いろいろな業界で破壊的イノベーションが起こっていますが、理・美容業界では、QBハウスによる「1,000円カット」が有名です。
QBハウスでは、コスト削減のため、様々な工夫や仕組みが施されています。まず、料金は券売機でチケットを購入してもらいます。券売機は両替機能のない廉価品を利用しています。安い券売機の購入により設備投資費用を低く抑えることができるだけでなく、券売機を利用することでレジ業務に関係する人件費も節約できます。また、店舗には電話もありません。電話関連の費用が節約できるだけでなく、問合せや予約に応対する人件費も節約できます。
QBハウスでは、シャンプーはしないため、洗面台も不要です。洗面台がないので水道工事も不要です。これまた、設備投資費用を低く抑えることできます。更に、無駄なスペースがないため空間を効率的に利用できるので、賃料を安く抑えることもできます。
ところで、ご心配のサービスの質ですが、実はQBハウスには施術者（スタイリスト）にとっても様々な魅力があるので、一定水準の施術者を確保できるようになっているのです。まず、QBハウスは、完全実力主義なので、能力に自信がある人には、旧来の理・美容室より高い報酬がもらえるそうです。
また、QBハウスは、パーマ剤、カラー剤、シャンプー・リンスは使わないので、手あれに悩む施術者には、有難い労働環境なのです。さらに、QBハウスでは1日当りの施術回数が多いため、技術の進歩も早いそうです。つまり、量が質を呼ぶ面もあるのです。
それでは、理・美容業界の将来はどうなるのでしょうか。一部の要求水準の高い顧客は、今後も従来型の理・美容室に通い続けるでしょうが、それ以外の多くの顧客はQBハウスのようなカット専門店に通うことになり、従来型の美容室は、何らかの差別化を実現しない限り、市場から駆逐されてしまうことになる可能性が高いと思います。
これは対岸の火事ではありません。破壊的イノベーションは、古今東西を問わず起こっています。第2・第3の「QBハウス」になるようにイノベーションに努めると共に、「QBハウス」が出現したら、迅速に対応しましょう。
さて、私がクリステンセン教授を敬愛するのは、クリステンセン氏の理論が素晴らしいからだけではありません。彼の人生観が素敵だからです。クリステンセン氏は生徒にこう語っています。
「私のボストンコンサルティンググループ時代の友人は、大きなヨットを持っていて、土日となればクルージングに出かけている。ところが彼は、やれ係留の費用が高いだの、メインテナンスを頼んでいたのにちゃんと終わっていないだのといつも不平ばかり言っていて少しも幸せそうでない。
一方、私は毎週日曜は欠かさず教会に行き、困っている人の相談に乗って、アドバイスをしたりしている。毎週日曜日が取られるのは大変だが、自分が人や地域のために役立っていることから得られる満足感でいつも満たされている。
諸君もこれから社会に出て、ビジネスの場で活躍するのだろうが、本当の幸福はお金ではなく、家族やコミュニティから得られるということを覚えておいてほしい。」
